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我が信条(Our Credo)

我が信条(Our Credo)

ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)には、企業活動を通じて「顧客」、「従業員」、「地域社会」および「株主」に対する責任を果たしていくべきであるという経営理念『我が信条(Our Credo)』があります。

この経営理念『我が信条(Our Credo)』は、世界中のJ&Jのカンパニーで共有されており、世界の各地域で36の言語に訳されています。

 

我が信条(Our Credo)

 

 

我が信条(Our Credo)の精神

ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)を小さな家族経営の会社から世界的な企業へと導いたロバート・ウッド・ジョンソンは、製品の製造やマーケティングを超えた企業の責任について、鋭い視点をもっていました。

1935年には、早くも「TRY REALITY」というタイトルの小冊子の中で、実業家の仲間に向けて「新しい産業哲学」と名付けた考え方を受け入れるよう強く呼びかけていました。ジョンソンは、これを企業の顧客、従業員、地域社会、株主に対する責任と定義しました。

ジョンソンが、J&Jの「Credo」としてこれらの責任を1ページの文書に詳細にまとめ、初めて公表したのは、それから8年後の1943年のことでした。ジョンソンは、「Credo」が社内で認められるよう働きかけ、彼の部下達に日々のビジネス哲学として採用するように求めました。

「Credo」は、ビジネス・リーダーやメディアから先見の明があるものとみられ、広く一般の関心と評価を得ました。最初に「顧客」を掲げ、「株主」を最後に位置付けたことは、ビジネスに携わる者にとって新鮮なことでした。しかし、ジョンソンが合理主義のビジネスマンであったことを、忘れてはなりません。彼は、「顧客」を最初に掲げることで、ビジネスがうまく進むと信じていました。そして、実際にそのとおりになりました。

何年にもわたりJ&Jは、経営理念として「Credo」のさらなる強化に務めています。そして、1982年から1986年にかけておきたタイレノール®事件の時ほど、「Credo」が大切な役目を果たしたことはありませんでした。医薬品部門の主力製品であった家庭用鎮痛剤タイレノール®に青酸が混入され、7人の尊い生命が失われるという事件がおきました。J&Jの名声が危機に瀕した際、経営者と従業員は「Credo」に体言される経営理念に基づいて、全製品の回収を含め、数え切れないほどの決断をしました。その結果、J&Jの名声を維持し、タイレノール®のビジネスを回復することが出来ました。

今日、「Credo」はJ&Jの中でこれまで以上に息づいています。従業員は、「Credo」の責任を企業が十分果たしているかを毎年評価します。この評価は上級管理者にフィードバックされ、結果が十分でない箇所は迅速に対応策が取られます。

何年にもわたって、「Credo」は改訂され、新しく「環境」と「仕事と家庭のバランス」が追加されました。しかし、「Credo」の精神は、今日でも最初に記された時と同じままです。

ロバート・ウッド・ジョンソンが「Credo」を記し、J&J内で制度化した時、彼は決して、それが完全であるとは考えていませんでした。しかし、その経営理念は、J&Jグループの一員である全社員にとって、創造的な刺激となると同時に普遍のゴールとなりました。

「Credo」が最初に紹介されてから60年以上を経た現在も、この経営理念は分権経営の方針とともに、世界最大級のトータルヘルスケア・カンパニー、ジョンソン・エンド・ジョンソンの指針となっています。